島崎七生人
寄稿記事(上級者向け)
モータージャーナリスト
島崎七生人しまざきなおと

開発者直撃インタビュー 「黒豆」から生まれた斬新なスタイル「トヨタヤリス」編

「黒豆」から生まれた斬新なスタイル「トヨタヤリス」編

その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第5回はヴィッツ後継として2月に登場、以降順調に販売台数を伸ばし、4月と5月はランキングの首位に躍り出たトヨタヤリスです。売れ筋のコンパクトカーにもかかわらず、大胆に変わったデザインの斬新さが目立つヤリス。どのようにデザインが決まっていったのか、PCD(プロジェクト・チーフ・デザイナー)の中嶋孝之さんに話を伺いました。

最初からエモーショナルなデザインでいこうと思っていた

最初からエモーショナルなデザインでいこうと思っていた1

島崎:とにかく衝撃的でスゴいデザインだな……が率直な第一印象でした。この“受け止め”でよろしいでしょうか?

中嶋PCD:はい、狙いどおりです(笑)。このカタチは、デザインチームだけでなく、車両企画全体の思い、コンセプトを最後まで貫いたものですから。軸はブレてない、“作りきった感”があるくらいです。

最初からエモーショナルなデザインでいこうと思っていた2

ヤリスのPCD(プロジェクト・チーフ・デザイナー)の中嶋孝之さん

島崎:最初からこのデザインでいくのだ、と?

中嶋PCD:そのとおりです。

島崎:トヨタ車の、しかも身近なコンパクトカーでこの大胆さは驚きですね。

中嶋PCD:トヨタはフルラインナップを構えており、世界中で売るクルマや日本だけの車種などバラエティに富んでいます。その中で私自身、ヴィッツには初代の内装から関わってきたのですが、世代を追うごとに最大公約数的に市場の要望を聞きながら育ててきて、グローバルカーとして存在感が上がってきたものの一方で「エモーショナルさが足りない」「積極的に選んだわけではない」といった声が聞かれるようになりました。

そこでトヨタ車としての性能、品質、質感は担保しつつ、決して奇をてらったわけではないのですが、何を特徴付けていこうか?といったときに、よりエモーショナルに、アクティブにいこう、と。その方向性は、製品企画、チーフエンジニアをはじめ、営業サイド、設計、工場サイドなど全員一致でした。

島崎:営業サイドから「こんなクルマは売れない」といった声はなかったですか?

中嶋PCD:もちろん“度合い”は探りながら、調整しながら、喧々諤々やりました。

ヨーロッパの街に持ち込んだ小さなモデル

ヨーロッパの街に持ち込んだ小さなモデル1

島崎:サイズは違えど、“ムキムキ”した感じにスープラに通じる匂いがしました。もしや今後のトヨタ車のデザインは、すべてこの流れでいくのですか?

中嶋PCD:仕向け地によりますが、少なくともヨーロッパがからんでくるクルマは力強さ、艶やかさが必須。紙細工に見えたり、ただの箱にしたりしないようにしています。今回のヤリスに関しては、スリーク、伸びやかさといった言葉は一切言わずに、塊を盛っていく凝縮方向でいこう、と。

島崎:その原点が“黒豆”ですね。

中嶋PCD:はい、正式に担当になった2015年に、もともと駐在していたヨーロッパへ行きました。私のチームにいたクロアチア人のデザイナーと外形のチーフと私の3人で、写真でもお見せしている小さなモデルを持っていき、実際にイタリアとか、パリのシャンゼリゼ大通りの歩道に置いて1分の1に見える画角で写真を撮って、現地現物で見て映り込みがキレイに見えるか、抑揚が出ているか……といったリサーチを最初にやりました。

実はこのときのモデルですでにオシリのギュッとしたところなど、“凝縮”のテーマはできていて、凝縮させるために凸形状の立体を細かく切って分断するなどして、アスリートの筋肉のようなうねり、躍動感を出しています。ディメンションはまったく違いますが、そういう造形手法はスープラと共通するところがあります。

ヨーロッパの街に持ち込んだ小さなモデル2

島崎:現地現物でパリの歩道に寝そべって?

中嶋PCD:ええ。今はバーチャルでシミュレーションもできますが、やはり実際の現地の光の量とか色とか街並みは大事なので、直接行って、肌で感じて、自信を持って帰ってくる……ということをしました。

目指したのは艶やかで映り込みもキレイな「黒豆感」

目指したのは艶やかで映り込みもキレイな「黒豆感」1

島崎:それにしても“黒豆”とはユニークですね。

中嶋PCD:PCD(プロジェクト・チーフ・デザイナー)をやりたいと自分で手を上げたのが2014年の秋で、それが決まり、具体的なイメージを探しながら正月をまたいだのですが、そのときに目に止まったのがお節料理の“黒豆”でした。上手な人が煮た黒豆はプクッと艶やかで、黒光りして映り込みもキレイで、豆の小ささは我々がヤリスで守ろうとしていたこととも通じる。

「シュッとしたスケッチは描かないでね」と、この黒豆のビジュアルを見せて各デザイナーには縛りもかけました。そんなこともあり、最終まで残ったキースケッチや1分の1の先行モデルは“黒豆号”と呼んでいたほどで、黒豆感が最も出ていました。

島崎:黒豆感(笑)。こんなにブレずに進んだプロジェクトは珍しいのでは?

中嶋PCD:思い起こせば初代ヤリス(=ヴィッツ)も、発案者のコボスが作った先行モデルが主軸になって最後まで残りました。また欧州専用でしたが初代アイゴも、最初のアイデアが形になりました。いずれも成功例ですが、最初からブレてなかった気がします。

目指したのは艶やかで映り込みもキレイな「黒豆感」2

島崎:アイゴと今度のヤリスは、相通じる雰囲気がありますね。実車の印象でリアドアが小さいのもそのせいでしょうか?

中嶋PCD:キャビンを凝縮させてタイヤで四隅を強調するのはヨーロッパのセオリー。リアの居住スペースはBセグメントの平均点内で適正化しています。ユーザーの方に広いほうがいいですか?と聞けば、当然「はい」と答えが返ってきます。ですが実際の使用頻度でいうと前席重視のコンパクトカーとして使われている。そこで今回は、前席については、着座位置を10mmずつ外側にするなどして広さを感じていただけるような作り方をしています。

クラスを超えた前席の造形と質感

クラスを超えた前席の造形と質感1

島崎:そういえば、ドアトリムの造形もBセグメントのクルマらしからぬ立体的な造形ですね。

中嶋PCD:“ダイナミックスペース”とコンセプト名をつけ、従来のスポーツカーのコクピットとは違いながらも、クルマとの一体感がありつつダイナミックでアクティブな感じを出すようにしました。インパネやトリムの断面方向の陰影にメリハリをつけたり、平面の動かし方を少しだけずらすなどして、光と影の変化を目で追っていただけるような、そんな空間づくりを心掛けました。走りも良くしているので、頼れる相棒として安心できる立体感を考えています。

島崎:質感も高いですよね。

中嶋PCD:このクラスでは多分、日本車では初めてスラッシュインパネ……ソフトパッドを上級モデルに採用しました。それと新しくドアトリムには、ファブリック調に見せるプリントを施したフェルト(不織布を樹脂といっしょに成形したもの)を開発し、コストを抑えながら大面積に使いました。わずかですが騒音の改善にも効いています。

クラスを超えた前席の造形と質感2

島崎:ドアのインサイドハンドル部分も凝っていますね。

中嶋PCD:はい。普通はグリップとオープナーが別々で、特に女性など、降りようとドアを開けたときに急に風が吹いてきて、慌てて両手でドアを支えたりするのがたいへんといった話があります。そこで指先でオープナーが簡単に操作でき、何かあっても片手のままグリップをしっかりと握っていられるようにしたのが、インサイドハンドルとドアグリップを近くに置いたあのデザインです。菱形の“モジュールグリップユニット”として実は先行モデルのころから作ってありました。このためにドアスピーカーやガラスを昇降させるワイヤーの位置などをよけてもらいました。

先に作り込んだのは日本仕様

先に作り込んだのは日本仕様

島崎:相当な“専用設計ぶり”ですね。

中嶋PCD:今回、TNGAでBセグメントは初めてでした。10年ぶりのリニューアルということもあり、骨格を決める初期段階からデザインも入りいっしょに作り込んだので、大きなネタは最初から仕込んでおけました。

島崎:そういえば日本仕様は欧州仕様より50mmも全幅を詰めたとか。けれどぜんぜんそんな風に見えませんね。

中嶋PCD:そこは苦労したところで、リアタイヤのまわりの立体感を5ナンバーサイズでどう出そうかは課題でした。それに効いているのが、出っ張りの前の“ブーメラン”と呼んでいるレリーフで、全幅を2度使い、3度使いすることで膨らみを出す手法を使っています。

実は開発の順序は国内の5ナンバーが先で、基準にもなるのでしっかり作り込み、欧州仕様は片側25mmずつ、オーバーフェンダーをつけたイメージです。ただし開発は同時並行で、常に両方のボディを見ながらでしたから、どちらかに違和感がある……といったことはないと思います。

最初はかわいらしかった

最初はかわいらしかった1

島崎:もちろんご苦労はおありだったでしょうけれど、ブレずに順調に進んだ開発だったといえそうですね。

最初はかわいらしかった2

中嶋PCD:はい。ただし“顔”については大きな変更がありました。“1000枚スケッチ”と我々は言っていましたが、デザイナー全員で顔を描いてやり直しました。先行モデルのころはもう少しかわいらしい顔だったのですが、いろいろな意見があったので、最終審査に向けて、今のアグレッシブな顔になりました。しっかりと前ににらみを効かせた“キーンルック”と“アンダープライオリティ”を使いながら既視感がなく精悍で、トヨタ車らしい顔付きにできたと思っています。

先代ではなかった反響

先代ではなかった反響

奥様からは「顔ってコワイんだね」とも言われたとか。ヤリスの真髄は、トラディショナルな“ザ・ハッチバック”の中で、コンパクトだけれど強くて頼りがいがあるように見えることにある、と中嶋さん。すでに“スポーティ”“走りそう”といった反響は多数寄せられているそうで、それらは先代ではなかった言葉だという。ラッキーフード黒豆号は、“元気”という御利益をより多くのユーザーに届けるために生まれてきたクルマというわけだ。

(写真提供:トヨタ自動車)

※記事の内容は2020年6月時点の情報で制作しています。

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