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ロードスターがやってきた！ ハッピー＆アンハッピー（中）
怖くて声もでない
壁から1メートル位のところで止まりエンスト
青年がサイドブレーキを引いていた
「ゴ、ゴメンナサイ…」
完全にパニックである
一瞬の沈黙が車内の空気を重くする
「良ければ、ご自宅まで送りますョ」
青年は身の危険を感じたのかもしれない
「あ、ハイ…、お、お願いします」
これを言うのが精いっぱいだった
「ちょっと待っていてください、着替えてきますから」
青年がクルマから降りて建物に入るのをミラーで見届けると
深いため息が出る、完全に自信喪失状態だ
マニュアルを普通に運転する父がスーパーマンに思えてくる
やっぱり無理かな…。いや、ここで負けるわけにはいかない
何かよくわからない闘志がわいてくる
逆境になると気合が入るのは昔から、逆に追い込まれないと気合が入らないやっかいな性格は自覚している
クルマから降りてもう一度深呼吸
斎藤さんが心配してこちらにくる
「大丈夫ですか？」
マジで心配顔である、そりゃキャンペーンのクルマが納車と同時に廃車では洒落にならない
インプレッションを３回投稿するのがお約束になっているし
「ハハ、大丈夫です…、たぶん」
少し落ち着いて、照れ笑いである
斎藤さんの運転でクルマを駐車場に一端戻す
５分程斎藤さんと免許の苦労話で盛り上がる
単に斎藤さんの不安を煽っているだけかもしれないが
青年が戻ってくる、私服になった青年は学生にしか見えない
「おまたせ」
普通のブルージーンズにGジャン、ちょっとレトロな服装だが長身でスタイルが良くて、カッコいいかも…。いやいや、今度こそ運転を覚えなければ
「ごめんなさい、お仕事中なのに」
自分が助手席に回り、青年は運転席のドアに手をかける
「ここはバイトだし、今日はこれで上がりのつもりだったから」
彼の言葉遣いもフランクになってきて、こちらも少し落ち着く
シートを彼に合わすとずいぶん後ろに下がる、ハンドルは…、意外と手前に引いている
手慣れた操作でシートベルトを締めると、エンジンをかける
こちらも、あわててシートベルトを締める
「では行きますね、住所でだいたいの位置はわかっているので、近くになったら誘導してください」
「あ、ハイ」
そういえば、このクルマにはナビがない
斎藤さんがクルマを覗き込む
「リョウ、せっかくだから川沿い走っていきな！」
斎藤さんが軽くウインクしたように思えた
彼は一瞬きょとんとした顔を後、すこし微笑んで
「了解！」
笑いながらに敬礼をして返す
「出月さん、少し遠回り…、時間大丈夫？」
「あ、ハイ」
本当、これしか答えていない
「それでは行きま～す」
彼の声が弾んでいるように思えるのは気のせい？
オープンカーの助手席に乗るのは幼稚園以来。そう、10数年位前には家にもオープンカーがあったな、なんてクルマだっけな…
なんか、このクルマに似ている
ロードスターはお店を出て大通りに入る、マニュアルなのにほとんど変速のショックがない
頬をよぎる３月の風はまだ冷たい
でも、気持ちいい。屋根のない空ってこんなに広かったんだ…
「一つ聞いていい？」
「あ、ハイ」
運転中の横顔も素敵である
「何でNRAを選んだんですか？」
一瞬、何の事を聞かれたのかわからなかった
きょとんとした顔をしていたのだろう
「当選したクルマのグレードを追金して、このNRAに変えたでしょ！」
そうそう、忘れていた
「それ、父なんです…。いや、父に当たった事を伝えたら、大はしゃぎで追金は出してやるからNRAにしろって…」
「NRAって何なんですか？」
「知らなかったんだ！」
ちょっと、馬鹿にして笑いを抑えている口調にムッとする
「イイお父様ですね」
それしか答えてくれなくて、ちょっとむくれて外を見る
大通りから川沿いの側道にはいる
「あ!!」
目の前を桃色の風が吹き抜ける
空を見上げると満天のサクラ…、その間から春の淡い太陽の光がさす
風に吹かれて舞う花びらがダンスのように踊る
「綺麗…」
それ以外の言葉が出なかった
ロードスターはスピードを緩める
花びらのトンネルをゆるやかに走る
まるで別世界
少し走ると、ある建物の駐車場に入った
（つづく）
イラスト：らびえぬ
